前回の記事では、「仕事が合わない」と思った時に心身にかかるストレスと、すぐに試すことができる対処法の紹介をしました。(詳細はこちら)
ストレスを解消してもなお、「ずっとこの繰り返しでいいのか」「根本的には解決していない」と、今後のキャリアや生き方を見直すための相談に来る方も多くいらっしゃいます。
今回は、長期的にはどのように仕事をしていくと心の健康に良いかを考えるヒントをご紹介します。
仕事への熱意(エンゲージメント)とメンタルヘルス
仕事への熱意を持って働いている日本人は20人に1人
アメリカのギャラップ社が2023年に行った「従業員の熱意(エンゲージメント)」についての世界的な調査によると、日本は145か国の中でイタリアと並んで最も低く、95%の従業員が仕事に熱意を持っていないという結果でした。この日本の数値は、過去10年間ほとんど横ばいです。
- 熱意あふれる社員 5%
- やる気のない社員 72%
- 周囲に不満をまき散らしている無気力な社員 23%
この数字からすると、日本では熱意を持って働いている人は、20人に1人しかいないと言えます。
ちなみに世界平均では、熱意を持つ人の割合が年々伸びていて、23%でした。
仕事への熱意が低い人は、メンタル面の課題を抱えやすい
仕事への熱意が低い人は、生産性は最低限で喪失感が強く、職場から分断されていると感じているため、「熱意を持っている従業員」と比べて、より強くストレスや燃え尽きを感じやすいと指摘されています。
また、その従業員の熱意が低くなるほど、ストレスや不安を感じる割合は高くなるという調査結果も示されています。
うつや不安を引き起こしやすい仕事のあり方とは?
仕事への熱意はその人個人の問題ではなく、業務や職場環境との関係によって成り立っていると考えられます。
仕事の中のどんな要素が、熱意やメンタルヘルスと関係しているのでしょうか?
仕事の裁量権の有無が、病気の発症に関連する
社会疫学者で元世界医師会会長のマイケル・マーモットがロンドンの公務員を対象に行った調査によると、業務のあり方によって健康のリスクに大きな違いがあることがわかりました。
- 責任の大きい上級職は、最下級と比べて、心臓発作の発症率が4分の1だった
- 等級・給料・部署などの条件が同じでも、仕事の裁量の範囲が広い人は、そうでない人よりも、うつ病の発症や精神的な苦痛が少なかった
裁量とは「その人の考えによって判断し、処理すること(デジタル大辞泉)」です。
自分の思うようにできず、言われるままに従うしかない状況は、「自分を押し殺す」という言葉どおりの影響を、心身に与えるのかもしれません。
また、自殺者が続出する職場を調査した結果、以下のような特徴があったそうです。
つまり、働く人にとって最悪のストレスは、責任が重いことではないのです。
単調で、退屈で、自分の影響力が感じられない仕事に耐え続けることが最もストレスフルで、従事する人々の平均寿命が短くなるほど強い影響を与えていることがわかったのです。
うつや不安を高めやすい「価値観」と「動機づけ」
物、金、地位を追求すると、うつ、不安、体調不良が高まる
アメリカの心理学者であるティム・キャッサーの他、各国の研究者によって行われた調査によると、お金、高価な物、高い地位を手に入れるなど、物質的なものに価値を置く人は、うつや不安の高さがとても強いという結果が示されたそうです。
さらに、物質的な価値観を追い求めている人は、日を追うごとに体調が悪くなり、イライラしやすくなっていくという追跡調査も行われています。
どうして、そんなことが起こるんだろう?
その理由を説明する仮説の1つに、心理学の「動機づけ理論」があります。
その行動の動機は? ・・・内発的動機づけと外発的動機づけ
人がどんな理由で勉強や仕事をするのかという「動機づけ(モチベーション)」は、古くから研究されてきました。
動機づけには「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」があると言われてきました。
①内発的動機づけ
行動そのものを楽しむ動機づけです。「楽しいから」「喜びを感じるから」という好奇心や興味によって自ら行動している状態です。内発的動機づけは、より良い成果と行動の継続につながるとされています。
②外発的動機づけ
外的な要因による動機づけです。「報酬がもらえるから」「やらないと怒られるから」など、外的な理由と折り合うために行動している状態です。
かつては、この2つが対立的に存在するかのようにとらえられていましたが、今では両者の間には段階と連続性があるととらえる「自己決定理論」が広く支持されています。
外発的⇔内発的 ではなく、グラデーション
Ⅰ 無動機 | やる意味を感じない | |
Ⅱ 外発的動機づけ | ①外的調整 | 物や報酬を得るため、罰を回避するためにやる |
②取入れ的調整 | 不安や恥を減らし、自分を守るためにやる | |
③同一化的調整 | 自分にとっては重要で価値があると思うからやる | |
④統合的調整 | 自分らしい、私の生き方に合っていると思うからやる | |
Ⅲ 内発的動機づけ | 楽しいからやる |
上の表のⅠのように、まず何の動機づけも無く、行動しない状態があります。
次にⅡのように、外部と調整する必要に迫られて行動する外発的動機づけがあり、それは4つに分類されます。
4つの外発的動機づけ
① 誰かから言われたから行う「外的調整」
② 誰かが言うわけではないけれど、羞恥心や罪悪感を感じるから行う「取り入れ的調整」
③ 楽しいわけではないけれど価値があると思うから行う「同一化的調整」
④ そのことを行うことは自分らしいと思うから行う「統合的調整」
外発的動機づけの③と④は、動機づけが自己に内在化・統合化されており、内発的動機づけと同じような効果があるとされています。
内発的動機づけと③④をあわせた3つの動機づけを「自律的動機づけ」といいます。
外発的動機づけの目標を達成しても幸福感は増えない
200人の人に将来の目標を尋ねて長期間追跡調査をした結果、外発的動機づけの目標を達成した人々は、満足感や幸福感が増していなかったという結果が示されたそうです。
反対に、内発的動機づけの目標を達成した人々は、幸福感や満足感を得ていたそうです。
たとえ始めはお金のためという外発的動機で働き始めたとしても。
次第にその仕事に価値を見出し、その仕事に打ち込むことは自分らしいことと感じるようになり、最終的には仕事そのものに楽しさや喜びを見出せるようになっていく・・・
長い仕事生活をそんな風に過ごしていけると、幸せを感じられそうです。
あなたが今の仕事をしている理由は?
人が仕事をする理由はいくつもあるでしょう。
内発的動機づけだけで「ただ楽しくてこの仕事をしている」と言いきれる人は少ないと思います。
けれど、この先ずっと、モノやお金を得るため、あるいは自分が不安になるのを防ぐためだけに働き続けるとなると、どうでしょう。
先に紹介した調査結果が示すとおり、そのような外的な価値観だけのために生きていて、自分の内側から出てくる自律的な感覚、考え、価値観と結びつくことがない状態が続くと、うつや不安感を高めやすく、体調を崩しやすい傾向があるようです。
自分を元気にする働き方のポイントとは
どんな感じを味わって仕事をしているか、セルフチェックする
このように、働き方によっては健康をそこなう場合もありますが、仕事によって生きがいや成長を得られ、元気の源となることも大いにあります。
この記事で紹介した、人の心と身体を健康にする働き方のポイントは、次の2つです。
① 自分に裁量があり、努力に見合う評価を得られると感じられる
② 自分の内側から湧き出る価値やモチベーションを感じられる
これらをある程度感じられているか、折に触れてチェックしてみてはいかがでしょうか。
これらは、働く人のメンタルヘルスの予防と向上のために、とても大切なことだと考えます。
そしてもし、これらが不足していると感じた時には、自分のことを理解してくれそうな人と話しあってみることをお勧めします。
仕事に限らず、大事なポイントを感じられる場を持つ
様々な事情により、すぐに仕事を変えたりできないことも多いでしょう。
そんな時は、家庭、趣味、地域など、仕事以外の場でもかまいません。
上のポイントを充たす経験ができるコミュニティを見つけることができるといいですね。
<参考資料>
①ギャラップ職場の従業員 意識調査:日本の職場の現状リーダーのための5つの洞察 https://jimdo-storage.global.ssl.fastly.net/file/a524d361-2bf8-4517-a2cd-7935fc2da2c9/Gallup2023%E5%B9%B4%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88.pdf
②ヨハン・ハリ著 山本規雄訳 うつ病 隠された真実 逃れるための本当の方法 2024年 作品社
③神戸大学大学院人間発達環境学研究科 加藤佳子 小島亜未JSPS KAKENHI JP15K00871 17K12537 19K11666 http://www-2022.h.kobe-u.ac.jp/sites/default/files/general_page/ikiikisiryou_2.pdf
④自己決定理論 コアネット教育総合研究所 https://core-net.net/keywords/kw022/